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なかむら治療ブログ

また、どうでもいい話(料理)からお付き合いください(*゚▽゚*)

滋賀大津気功ヒーリングの中村です。

先日の休みの日に、デリッシュキッチンというアプリを見ていたら

ポン・デ・リング風のドーナツが家で作れるというページを見て

作りたいという気持ちが!また!高ぶり↑↑↑

すぐに、キッチンへGOという流れになりました・・・・・。

しつこいようですが(主婦・料理好きの方は暖かい目で見ていただければと思います)

材料

ホットケーキミックス 150g

絹ごし豆腐 200g

白玉粉 50g

で5個作れるって感じです。

ただ、白玉粉のお値段が、他の材料と比べると高めなので(>_<)一杯作ることはできないですね。

ボールの中に、絹ごし豆腐と白玉粉を入れよく混ぜる

次に、ホットケーキミックスを入れよく混ぜる

そこから、手で小さめのボールを作ります。私の場合は、ビー玉くらいにしました(^_^)

クッキングシートを小さめに切り取り、その上に丸めたボールをポン・デ・リングように合わせていきます。

DSC_0182A

ポン・デ・リングは八個なのに、間違えて六個にしてしまいました(>_<)・・・まあいっか(´∀`)

次に、クッキングシートをつけたままで、揚げていきます。揚げていると自然とクッキングシートは外れます。

DSC_0183A

両面が、狐色になればOKです。味付けはそのままでも十分おいしかったですよ~ヽ(´▽`)/

と、まぁどうでもいい話にお付き合い頂きありがとうございます。

 

ここからは、別のお話なります。

今回は、あるブログからの内容を、シェアさせていただきたいと思います。

私が、尊敬している方のブログ内容です。

(※ご本人様に、ちゃんと許可をとっております※)

ここからです↓↓

怒りとは、自分を守る手段に過ぎません。
そう。怒るというのは、目的ではなく手段です。
つまり、目的を達成する方法ですね。
その目的は、相手を屈服させたいという欲求の表れといえるでしょう。
これを「支配欲」と言います。
人は、人より上でありたい、自分のいう事に従わせたいという欲求です。
それが、自分より年下の人であったり、伴侶であったり、兄弟姉妹であったり、子供であったりします。
その誰かを屈服させる事により、自分が上だと思いたいからです。
自分の論理が相手に受け入れられなかった時、自分が分かっているのにそこを突かれた時に人は、怒りを持ちます。例えば、ある書類の作成を上司からお願いされました。
それは、とても重要な書類で間違えたら大変な事になります。
そこで、あなたは、慎重に一語一句間違わないように、計算も何度も確かめて作成していたところに同僚がやってきて
「お前まだやってんの?いつまでかかってんだよ。そんなんじゃお前の出世はあり得ないね。書類ってね。提出期限の3日前には、出来ているもんなんだよ。見直しがあって、訂正があってさ。それで丁度の日に完成させるものなんだ。お前、もう後、2日だろ。大丈夫?俺がやった方が早くて正確なんじゃないの?」
と笑いながら言われました。
どう思いますか?
「お前何様なんだ!ろくすっぽ仕事もしないくせに!」
と、怒りが湧いてきますよね。
それが普通の感情だと思います。
自分は、慎重派で確実にイッパツ合格を狙うタイプですから。
では、同じ事を自分が心から尊敬し、敬愛している師匠的存在の方から言われたらどうでしょう。
「ごもっともです!」
と、思いませんか?
そうなんです。
人と自分を比べていて自分と同等若しくは、下と思う人間から提言されたら怒りになります。
でも、師匠から言われたら納得できます。
自分が上下を決めているからなのです。
そして争いが始まる。
少し前から話題のアドラーという心理学者の言葉を借りれば、
ちょっとした意見の相違や、コンテクストの違いから対立してしまうことを”権力争い”と言っています。
相手の言動によって本気で腹が立つ時はあると思います。
そのまま怒りに身を任せて反論することで、「権力争い」へ突入してしまう。
そうなるとなかなか引き返せなくなってしまいます。
泥沼の争いです。
「私は、正しい」と思った時点で権力争いに足を踏み入れています。
人はなぜ「権力争い」が勃発するのでしょうか。
「相手を屈服させたい」
「相手より優位でいたい」
という気持ちがあるからです。
いわゆる「優越感に浸る」ということでしょうね。
口論で勝った時、「やったった!」と思いますよね。
その先にあるのは?
「報復攻撃」つまり「復讐」です。
「いつかあいつを負かしてやる!」
という不屈の精神を生み、更なる泥沼へと入って行きます。
そうなると人間関係を修復するのは、至難の業になります。
では、どうするか。
アドラーは、「その場合は、その権力争いから降りる事です。」と言っています。
私もその意見には、賛成です。
ですがそこで言われる事は、
「それでは、自分の腹の虫が納まらない」でしょう。
それは「ここで降りたら負け」と思っているからです。
そもそも、主張の正しさと勝ち負けは、関係ありません。
自分の出した答えが正しいと思うのであれば、それで完結です。
相手の意見は、相手の意見で完結です。
争う必要がありません。終わりなのですから(笑)
それ以上、言い合うのは、ただの「我欲」です。

また、こうも考えてください。
人は、同じ環境で育ったとしても同じ人間にはなりません。
あなたは、この世でオンリーワンであり、他者と比べる存在ではないのです。
自分は亀で、弟は、うさぎだったとして
どんなに頑張っても亀は、うさぎにはなりません。
亀は、亀です。じゃ亀としてただ、生きれば良いだけです。
それをうさぎになって、あいつに勝とうと思うから無理が生じます。
そして嫌悪感に陥ります。
何であいつに勝てないのかって。そもそも勝つ必要があるのでしょうか?
だって自分は、この世でオンリーワンな訳で誰にもまねできない自分ですよね。
争うこと自体がナンセンスだと思いませんか?
誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること、権力争いから降りること、これらはいずれも「負け」ではありません。

ここまで↑↑

という内容です。

私は、この内容を見て、とても納得しましたし、自分でもまだまだ改める所がたくさんあるなと気づかされました(;´∀`)人は、自分の事を、もっと気づく為に人生の中で、様々なきっかけを探しているのかもしれませんね。

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